葛飾北斎 凱風快晴(通称・赤富士) |
葛飾北斎 山下白雨(通称・黒富士) |
昭和の、若かりし頃に1度、富士山登頂(山頂の浅間大社奥宮参拝&
雲海からのご来光遥拝)を経験してるザ・日本人wのダビスです。
若く元気なうちに日本人なら一度は富士へ登頂することを推奨します。
(年とっても自分で歩けるうちに1度は伊勢神宮参拝もなーw)
今年から8月11日は「山の日」という祝日でしたね。
うっかり国旗掲揚(←昨年元日から実施してる祝日マイルール)を
すっかり忘れてました。昼頃あわてて日の丸をかかげ、
「山の日? よっしゃ、登山だ!」と意を決してw
行ってきましたよ、富士のお山。
といっても富士塚です。江戸時代に富士信仰が流行して
富士登山も盛んになったわけですが、5号目までバスで行ける
現代と違い、当時は富士登頂には相当な覚悟も必要で、
さらに女人禁制でした。そこで誰でも気軽に富士登山の
疑似体験ができるようにと、江戸を中心とした関東各地の
富士講(富士信仰のグループ)が地元の神社に富士山本宮
浅間(せんげん)大社の分社を祀り、富士山を模して境内に作った
登れる築山が富士塚です。富士塚に登れば富士山に登ったのと
同じ御利益がある、として本物にはなかなか登れない人のために
関東各地に造営されたのです。基本的には富士塚の頂上に登ると
本物の富士山が見えるという場所&高さで作られたようで、
周囲との比高3~5m程度の規模の富士塚が主流なようです。
江戸期の建物はヒラ屋がメインでしたからね。しかし今では
2階建て以上の建物に囲まれ、頂上からのリアル富士遥拝が
かなわなくなってしまった富士塚が圧倒的多数な模様。
で、ワタクシがこのたび行ってみたのは、比高12mで23区内では
"最高峰"だといわれる、Nm区Oi町のYs神社にある“Nzの富士塚”です。↓
社殿参拝を済まし、いざ富士塚へ。 正面(南麓)より山頂を望む。 |
東麓より山頂を仰ぐ。 |
山頂の祠(もちろん参拝)。 右上は富士山の最高地点である 「剣ヶ峰」と書かれた石碑。 |
山頂より南麓の眺め。 山頂付近は50度ほどの急斜面 (中ほど左側の蘇鉄は 写真1枚目右上の蘇鉄に同じ)。 この季節、ハナから期待してませんが リアル富士は見えませんでした。 西南西方向には神社の杜もあり 冬晴れの朝でも見えるかは微妙。 |
山頂から見下ろす東麓。 斜面には多数の溶岩 (富士から運んできた溶岩を据えての 仕上げが富士塚づくりの定番)。 |
東麓の杉並木。
3尺の間隔で一直線に8本。うち1本はまだ最近切り倒した雰囲気 (落雷にでもあったのでせうか?)。 |
杉の切株越しに見る登山道の石段。 |
正面南麓に点在する石碑群(江戸~明治)。 撮影:Dabis-Klimber |
お富士さん(富士塚の江戸期の愛称)萬歳!
ミニ富士(富士塚の現代の通称)バンザイ!