神社の祭礼の山車(だし)の巡行と共に奏でるお囃子を横笛で吹いたり、
幕末維新期の軍装にも似た和洋折衷感のある衣装を着用しての
獅子舞を、お祭りの舞台で演じたりと、ガキの頃から実は自然に
Japanese Tradな MusicとDanceにも触れつつ、
神道行事にしっかり関わってたワタクシ Dabis-Kaguraですが、
なんともお恥ずかしいことに、今年で関東在住38年になるというのに、
“東国三社”には、その一社にも、まだ一度も参拝したことが
なかったのです。東国三社とは、茨城県鹿嶋市の鹿島(カシマ)神宮、
千葉県香取市の香取(カトリ)神宮、茨城県神栖市の息栖(イキス)神社です。
数年前にBS放送で、戦国初期の鹿島神宮の神官の家に生まれた剣聖
「塚原卜伝(ツカハラぼくでん)」のドラマ(主演:堺雅人)を数回見て、
拙者もモノノフのハシクレたる身(弓道初段なもんでねw)にして、
自衛隊全面支持の国防優先論者の外野席(もちろんライト側w)
立ち見の者なればw日本建国の武神、武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)
祀りし鹿島のオヤシロに一度は詣でねばならぬなーとは思ひつつ、
ズルズルと参らずじまいだったのです。が、2年前にまたクルマを
入手した事と、昨秋から御朱印蒐集を開始したこともあり、急に
「よっしゃ、平成のうちに東国三社にマイルぞ」と意を決し、先日、
ようやく東国三社巡りがかないました。江戸期の関東者には、
遠く伊勢詣から戻ったらすぐ東国三社を巡拝する、という風習も
存在したようでして、ワタクシ的には、伊勢神宮にも東京大神宮
(千代田区・飯田橋駅近。「東京のお伊勢さん」)にも過去複数回、
ここ半年以内にも参詣して御朱印をいただいておりますが、
芝大神宮(港区・大門駅近。江戸期には「江戸のお伊勢さん」として
幕府が庇護し、将軍家も庶民もお伊勢参りの代わりに参詣)には
まだ一度もお参りしたことがなかったので今回、お伊勢さんとして
芝大神宮に参詣し、そのあと東国三社めぐりをする神社三昧を
The 1st East Torii of Kashima-jingu Shrine 鹿島神宮 東の一之鳥居(明石浜鳥居) |
鹿島神宮の本殿から北東に約3kmの明石海岸、
その防波堤の内側に建つ、ヒガシのイチの鳥居がコチラ↑。
防波堤の外側は80mほど砂浜で、さらにその先は鹿島灘(太平洋)。
サーファー数名を波間に視認。どうやら波乗りポイントらしいですが、
それ以前にここは日本の夏至の日のレイライン(※註)の起点と考えて
良いポイントかも。ひょっとして毎年の夏至には、日の出時刻に
結構な人数が御来光を拝みに集まるのでせうか? 未確認ですがね。
The 1st West Torii of Kashima-jingu Shrine 鹿島神宮 西の一之鳥居(大船津の鳥居) |
水中に建つ、ニシのイチの鳥居がコチラ↑。水底からの高さ18mは
安芸の宮島・厳島神社の大鳥居(同16m)を超え、日本一の水中鳥居。
Sazare-ishi stone, Kashima-jingu Shrine 鹿島神宮 さざれ石 |
(御幣が飾られ、複雑な色をした岩)がコチラ↑。
いわずと知れた、国歌・君が代の歌詞にも出てくる、長い年月を経て
海底の小石が地下で圧着してから地上に隆起してきた岩のひとつ。
全国各地の日本建国に関わる神々を祀る神社で「さざれ石」は
見られますが、ここ鹿島神宮のさざれ石はレアなことに、隣に
「日の丸の石碑ぞえ」。ひので国、千代に八千代に、万々才!
Kaname-ishi stone, Kashima-jingu Shrine 鹿島神宮 要石 |
地震を引き起こす大鯰(オオナマズ)を地底に封じ込めてるといわれてる
巨岩「カナメイシ」の、地表に露出して見えるゴク一部分。
拡大するとコチラ↓
鹿島の要石 ドゥーワップもといドうp (上部が窪んだ丸い石が鹿島のカナメイシ地表部分) |
この地震を防いでいると伝わる「要石」の全貌を知りたくて掘り出そう
と7日間掘り進めるも、地中深く果てしなく続く巨岩なうえ、
工夫に怪我人が続出したので作業を断念、埋め戻したとのこと。
要石に守られてるおかげか、東日本大震災では石造りだった大鳥居が
倒壊しましたが(鹿島神宮の杜から切り出した檜の大木で再建ずみ)
怪我人は出ませんでした。
一説では、この鹿島神宮の要石と地下で繋がってると言われてるのが、
直線距離で14kmほど離れた香取神宮の要石で、こちら↓。
Kaname-ishi stone, Katori-jingu Shrine 香取神宮 要石 |
地表露出部分。こちら↓の写真は香取神宮本殿と樹齢千年、杉の御神木。
Katori-jingu Shrine 香取神宮 本殿 |
Ikisu-jinja Shrine 息栖神社 参道 |
TSUKAHARA Bokuden Statue 鹿島神宮そばの生誕地に建つ 剣聖塚原卜伝像 「戦わずして勝つ、無手勝流」イイネ |
Holy Deer in Kashima 鹿島の神鹿 奈良公園の鹿のルーツは鹿島神宮の鹿です。 奈良の春日大社の主祭神、武甕鎚命が鹿島神宮から 春日大社まで鹿に乗って遷られて以来、 鹿は奈良では神使とされて今に至るのです。 |
並び形成する線)が、日本にも幾つかあると言われてるようですが、
その中で“夏至の日のレイライン”と言われてるのが、
鹿島神宮・皇居・明治神宮・富士山・伊勢神宮・吉野山・剣山・高千穂
を結ぶライン。地図上では右肩あがりの直線、つまりザックリ
東北東からアバウト西南西へ、といった角度の直線になります。
夏至の日の出に、このライン上で東方を見ると
ちょうどこのラインの延長線方向から太陽が昇ってくる模様。
今回、数年前から心に秘めてはいた鹿島神宮への参詣も無事かない、
気が付けば“夏至のレイライン”の主要8スポットのうち、いまだ
ワタクシが一度も訪れたことがないのは残すところ西国の
2ヶ所のみとなりました。剣山と高千穂です。しかしながら、
登山趣味もないアラシスとしてはツルギサン(徳島県)は
もうパスですね。富士に登頂したのは10代の時のハナシですし。
でもタカチホ(宮崎県)巡りなら、まだまだいけそうです。
50代のうちに“西征”(不敬意図ゼロの洒落です)してみるかも。
翌月追記:標高1955mの剣山ですが、1420m⇔1750mを結ぶ
リフトがあり、その乗場までは自家用車で行けて無料Pに停めて
おける模様。で、リフトおりてから初心者向きコースなら
2時間強で山頂を一巡できる模様。幼少の安徳天皇(平清盛の孫)が、
実は壇ノ浦で入水なされず四国に落ち延び、三種ノ神器の宝剣
(アメノムラクモノツルギ)をこの山に奉納したという伝説があり、そこから
山の名もツルギサンとされた、といわれてます。剣山の近くには
平家の落人村として有名な祖谷渓もあるし、ワタクシも岡山県の
伝・平家の落人村出身の祖母の孫として俄然、この霊山に登る気
マンマンしてきましたよ。50代のうちに行ってまいる所存。