2015年8月19日水曜日

やったねクマ!!

 近鉄バファローズ最後のエース(現シアトルMariners)、

岩隈久志(イワクマ ヒサシ、略称クマ。堀越→近鉄→楽天→シアトル)が米国時間で8/18、

日米通算150勝を達成、バンザイ! ってそれもいいけど、やっぱ6日前(8/12)の

ノーヒットノーラン達成でしょ。バンザイ!万才!萬歳!(三唱してみたw)

実は岩隈がノーヒッターとなった5~6日前は

ちょっと当ブログに投稿する時間的余裕がなかったんだけど、

ニュースみたら岩隈の次回登板には日米通算150勝がかかってるとわかったので、

なら、5~6日後に150勝してから投稿しようと思ってて、

7回2失点の好投ですんなり達成という、この見事な予定調和ぶりwも万才!

 岩隈のイメージは救世主だね。2001年、近鉄が最後に優勝した年だけど、

そのシーズンの近鉄は際立って打高投低で、投手陣崩壊寸前のところで

突如あらわれ近鉄を救った高卒2年目の若武者投手が岩隈だったよ。

ボークぎりぎり?の2段モーションからキレのある球をコーナーに投げこむ

背番号48(近鉄4年目~楽天時代は背番号21)。

そのシーズン終盤には岩隈は、しっかりローテーションの一角を堅持。

その年は9登板の4勝ながら、しっかり近鉄最後の優勝に大貢献。日シリにも先発出場。

その優勝翌年のバファローズ・カレンダーでの岩隈↓(たまたま右に写ってる古久保よか

捕手は的山が多かったかな)

IWAKUMA Hisashi
Osaka Kintetsu Buffaloes 2000-2004

そんな岩隈が鮮烈デビュー&優勝に貢献した2001年に、

野茂英雄(1990~1994年に近鉄のエース)はボストンRedSoxで

自身メジャー2度目となるノーヒットノーランを達成

(1度目はメジャー2年目、ロサンゼルスDodgers時代の1996年)。

新旧の近鉄エースのこの2人、無関係なようで、やはりどこかで繋がって

もないwのかもしれないけど、今のところMLB(米・大リーグ)における

日本人ノーヒッターは野茂(2度)と岩隈の2投手のみで、

両人ともex「近鉄Buffaloesのエース」。あっぱれ萬歳!

ex近鉄バファローズの1ファンとして両人を誇りに思います。

たまたまウチに保存してあった野茂の2度目のノーヒッター(2001年)を伝える新聞↓



↑14年後の今なら絶対買わないw 朝日新聞系スポーツ紙・日刊スポーツ。

当時は、巨人嫌いの自分としては読売系スポーツ紙の報知だけは

放置して買うことがなく、他紙の中から希望する記事が1面扱いかどうか、

さらにはその写真の出来不出来で購入紙を選んでた記憶。

 このシーズンはイチローがオリックスBWからシアトルMに移籍しての

メジャー初年。一方の野茂は平成日本人メジャーリーガーのパイオニア

だったにもかかわらず、数球団を渡り歩いた末のメジャー7年目で、

イチローの陰に隠れ、影の薄い存在になりかけてたところでの

"オレのこと忘れてないか?"的な2度目のノーヒッター。カッコよすぎw。

 ちなみに、個性あふれるトルネード投法の野茂の

その個性を潰すことなく開花させた近鉄監督は故・仰木彬(オオギ アキラ)さんです。

さらにその数年後、個性あふれる振り子打法のイチローの

その個性を潰すことなく開花させたオリックス監督も同じ仰木さんです。

そんな仰木さんはオリックスBlueWave監督時代に近鉄岩隈のことを、

オリックスBuffaloes監督時代には楽天岩隈のことを

敵将の立場から見てるはずですが、どういう印象だったんでしょうね~。

仰木さんのことなのできっと、これくらい必ずやる投手だと見抜いてたことでしょう。

 しかしオレ個人としては、クマがシーズンオフに故?・池田大作氏に直接あって

成績報告をするような創価学会員だったってことだけは超ガッカリですw 

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